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静寂と四季の彩り、湯に浸り
人は本来の姿に還る

  • 白骨物語
  • 守る人

Interview 04

いま立っている足元に、
何があるかを知ってほしい。

今から四十年前、学生だった私は宿の手伝いのために、白骨温泉へよく帰省しておりました。
沢渡から白骨に入る道すがら、空気が変わるのを実感したことを覚えています。

白骨温泉の歴史がおもしろいのは、人の歴史(民俗、戦国時代)と地球の歴史(地質)が混在し、足元に眠っているところです。最近の調査の結果、白骨温泉が湧き出ていた年代は、遅くとも二万四千五百年前と明らかになりました。

私は、白骨温泉の地質学にとても興味があります。きっかけは、大塚勉教授(信州大学名誉教授・構造地質学の専門家)の講演を聴いたことでした。教授自身、何度も白骨温泉を訪れてくださっています。

温泉ができる条件は、断層と水と熱、この三つが揃っていることです。かつて、国のエネルギー施策で調査した結果、白骨温泉の温泉水は地下三百メートルの湯溜りから湧き出ていることがわかりました。地熱発電に必要な温度の温泉水はさらに深く、地下千メートルにあるとのこと。つまり、白骨温泉の温泉水に干渉してしまうので、国は掘削を断念しました。

白い温泉が生まれたのは、数多の偶然が重なった結果だと知り、地質学を学ぶことは、今ある自然の恵みを守ることにもつながるのだと実感しました。

今、自分たちが立っている場所がいつからあって、どのような過程で成り立っているのか。それを知ることは、とてもおもしろい。だからこそ多くの人に伝えたくて、昨年から「ブラタカオツアー」を開催しています。
ツアーでは、白骨温泉地域をバスや徒歩で巡り、かつてここがどんな場所だったか、どんなふうに温泉が湧いていたかを説明します。眼前に広がる自然を眺めながら、太古の風景を想像します。

白骨温泉のお客様は、国内はもとより海外からもいらっしゃいます。私は、白骨温泉の伝道師(コンシェルジュ)の一人として、白骨温泉の価値を伝えていけたら素晴らしいことだと思っています。

お客様には、できれば一軒だけではなく、すべての宿を泊まり歩いていただきたい。
それこそ昔は、長逗留が当たり前でした。歌人の若山牧水は、白骨温泉に来た当初は体調が悪く、歩くのもやっとだったそうですが、長逗留ののち帰るころにはすっかり回復し、鎌倉街道を一日四十キロ近く歩いて帰ったと記録されています。

白骨温泉に来ることは、土地のエネルギーをもらう感覚に近いのでしょうね。温泉は体の内側から治癒力を高めてくれます。都会からここに来ると、空気が透き通ってくるのがわかります。

人間は自然の一部です。ここに滞在すれば、五感でそれがわかります。ぜひ地球規模で、白骨温泉の自然を感じにいらしてください。 

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