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静寂と四季の彩り、湯に浸り
人は本来の姿に還る

  • 白骨物語
  • 守る人

Interview 01

私たちはずっと、
温泉に生かされている。

私が家に戻ったのは五十年ほど前ですが、その当時のお得意さんに、言われたことがあります。
「私たちは、特別な食べ物やもてなしを求めているんじゃない。ただ、お湯がいいから来るんだよ」。
この言葉は、真理をついています。

白骨温泉で生きる私たちは、天の恵みの温泉のおかげでごはんを食べることができています。決して、人間がえらいのではない。その根本を、忘れてはなりません。

昔は、建物も立派ではありませんでした。暖房もなく、冬はこたつや火鉢で過ごしていました。食べ物も質素で、お客様に出せるのは土地のものだけ。いけすで飼育している川魚だったり、山で採れた山菜だったり。それだけでも、満足していただける時代でした。

昔のお客様は、私たちが説明せずとも、温泉のことをよくわかっていたように思います。湯治で訪れる人がほとんどだったので、みんなそれぞれのやり方で、長く湯に浸かり、身体を癒やしていました。

今でこそ名物としてうたっている温泉粥も、もともとは、胃腸の悪いお客様に出していたものでした。白骨温泉は胃腸病に効果があるというので、胃潰瘍の手術を終えたばかりの方も多く、療養として一週間から十日、長い人は一ヶ月滞在していました。そういった方は普通の食事ができないので、「白骨の温泉は飲めるのだから、それでお粥でもつくるか」となったのが始まりでした。

時代は移り変わり、日々、お客様から求められることも変わっていきます。ただ、忘れてはならないのは、「温泉という宝を大事にする」という心根。白骨の温泉はすべて本物なのだから、小細工の必要などありません。変にいじるなんてもってのほかです。天から与えられた恵みを、できるだけ100%の状態で残していくことが、私たちの使命だと思います。

さらに白骨温泉のいいところは、なんといっても大自然に溶け込んだ、湯治場の風景です。その風景だって、時代とともにすこしずつ変わっていきます。木造だった建物はコンクリートになり、建物の形も様々になり、その風景もあやしくなってきました。山菜だけだった食事には刺身も並ぶようになり、冬の寒さに耐えられるよう、暖房器具も入りました。

時代に合わせて、変えなければならないものもあります。しかし、あるがままの大自然への畏敬や、天の恵みである白骨の湯を守ってきた先人たちへの敬意は、これからも持ち続けてほしいと、若者たちには言い続けてきました。

私は、白骨の湯がすべての人から愛されているとは思いません。どこまで私の考えに賛同していただけるかわかりませんが、ここを愛してくれる方と、同じ方向を向いて生きていけたらうれしいです。

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